月10冊を目標に読書をはじめてから気づいたこと

これは人生 Advent Calendar 2018の15日目の記事です。

2018年もあと2週間ほどで終了する。

今年は何をしたかなと振り返ってみたがやはり一番は「読書をした年」だったと言える。

僕はwebエンジニアなので必要に応じて技術書を読むこともあるし、元々活字を読むのが嫌いではない方なので1ヶ月に1冊程度の読書はしていたと思う。

だがこれは共感できる人も結構いる気がするのだが、自分にとって意味のありそうな本直近で必要になりそうな本以外の本にはなかなか手が伸びないのではないだろうか。コスパの概念だ。

仕事で使うプログラミング言語に関する本や設計に関する本など、すぐに役立ちそうな本ばかりに目がいってしまう。

それのどこが悪いのかと言われれば別に悪いことでは全くないのだが。

僕の場合は28歳になり日々の業務にこれといって大きな変化もなく、かといって日常も妻とそれなりに不自由のない生活を送るばかりで、どうもマンネリ感を感じることが多くなっていた。

それがちょうど今年の春頃だったかと思う。

このまま生活していても特にダメということもないけれども、飽きっぽい性格もあいまってもっと自分の知らない世界を知りたいなと思うようになった。なんとなく自分の薄っぺらさを日々感じていたのも大きい。

そのあたりからだろうか、普段は絶対に買わないであろう本に手をつけはじめたのは。

最初は江戸の遊女に関する本を読み始めた。

江戸の色町 遊女と吉原の歴史 ―江戸文化から見た吉原と遊女の生活―

江戸の色町 遊女と吉原の歴史 ―江戸文化から見た吉原と遊女の生活―

これが存外面白かった。

趣味でウォッチしていたパパ活界隈の女性達や愛人業の人達のルーツや価格設定など、これらと江戸の遊女達に共通点を見出すことができたのだ。

自分の仕事に結びつくことはまずありえないような内容の本だが、今まで通り普通に生活していただけでは全く摂取できない世界や価値観を知ることができた。

これを期に、今までは無視していたようなジャンルの本もとにかく読んでみようと決めた。

一応マイルールも作ってみた。

  • 1) 3日で読み切る
  • 2) 途中でやめてもOK
  • 3) 好きなところだけ読んでもOK

これはできる限り無理なく続けられて習慣にするためのルールだ(4つ目のルールとしてブログに書くというのもあったが途中で辛くなってきてやめてしまった...)。

なかなか本が読めない人は1冊の本から100%全てを余すところなく吸収しようと期待して頑張ろうとするが、それではなかなか読了できず、長々と読み進めてしまって途中で挫折してしまう。

どうせ中途半端に挫折してしまうくらいなら、1冊の本から1つでもいいので記憶に残る経験や価値観が得られれば儲けもんと思うくらいの方が良い。

何かグッとくるものを得られたらそこで終わりにするくらいの心構えで読む、残りはまたいつの日か読んでみれば良い。

このルールを設けることによって雑に本を買うことができるようになった。

分厚い本だとしても1章だけでも読んで得るものがあれば終わりにして良いなら「存在と時間1 (光文社古典新訳文庫)」でも「純粋理性批判 1 (光文社古典新訳文庫)」でもとりあえず手に取るくらいはできるはずだ。

そんな感じで5月頃から通勤の行き帰り計1.5時間ほどを毎日読書に充てることになった。

それから6ヶ月ほどが経ち、先ほど数えてみたところちょうど80冊ほど読了済みになっていた。

月10冊以上のペースでの読書をなんとか半年以上続けられたようだ。

半年前の自分は月1冊読めれば良い方だったが今では3日に1冊読むことが普通になっている。

もちろん読書は読んだ冊数ではないが、継続できたこととそれなりの数をこなせたことは十分に達成感があり自己肯定感を高めてくれる経験になった。

そして思わぬ副産物もあった。

それは身の回りは面白いもので溢れているということに気づけたことだ。

例えば秋頃、通勤中に「日展」という赤い看板があったのだが、今までの自分であればこの看板を(その鮮やかな赤色でさえも)気にとめることすらしなかった。

しかし今まで全く未知の領域であった「美術史」や「美術鑑賞」に関する書籍をいくつか読んでいたことで、「日展は総合美術の公募展で、100年ほど前から開催されている歴史ある展覧会である」という知識とともにそれに参加する人々や彼らの日常まで思いを巡らせられるようになっていた。

全く何とも認識されていなかったものがいくつかの知識をInputしたことによって形と彩のある概念に様変わりした。

これが読書の力か〜〜と感心したのだけど、同時に無知であることで失っているものはこんなに大きなものだったのかとショックを受けた。

もしかしたらとてつもなく面白くて人生を大きく変えてしまうほど影響力のあるものかもしれない未だ見ぬ「何か」は実はすぐそばにあるのだ。

けれでも無知であるばかりに一生気がつくことができないということだ。なんと勿体無いことか。

「仕事で必要なもの」とか「すぐ役に立ちそうなもの」とか、今現在の無知な自分の見識で判断できるレベルの「価値あるもの」だけを求める姿勢の危険性はこういうところなのかもしれない。

乱読することで収入が上がるかと言われると、全く仕事には繋がらないと思うから、文字通りのコスパはよくない。

ただ人生とか人間力的なものを豊かにするために読書は一番手軽で世界を広げてくれる営みの一つだと言い切れる。

この半年という短い期間でもこれだけ色々な気づきがあったので、2019年も引き続き好き勝手に読書していこうと思った。人生。

おまけ

最後に今年読んだ本の中から個人的にオススメできる本をいくつか紹介したい。

以下に挙げる本はすべてKindle版があるので僕のようなKindleでしか読書しない人間でもご安心を。

完全教祖マニュアル

Q: 日本で宗教を開くのは難しいのでは?

A: 日本人の無信仰には気合がない。気合がないのでいざとなったら宗教に頼ってくる。まぁ心配するな。

宗教とは弱者を母体にして生まれてくる。キリスト教も当時戒律が厳しく法を守れないものは罪人とされてしまうユダヤ教から派生して生まれてきた。

どんな宗教もその当時抱えていた問題や不安心に対する拠り所の一つであったにすぎない。

無宗教(正確には無信仰)の日本人は特に理由のわからないものに弱い。理屈を超えたものにただならぬ不安を感じてしまうらしい。

寝ている時にバチっと音がなると不安で眠れなくなるという経験はないだろうか。

キリスト教徒ならそれを「デーモンの仕業だ」と言い、他の宗教でも「神がお怒りになっているわ」とでも理由づけておしまいだ。

ところが無信仰な日本人は理由のわからない出来事に適切な解釈を与えられない。これが無信仰な人間の弱さだ。

本書は新興宗教を興すために必要なことを面白おかしく書きながらも「宗教の本質」や「人間の弱さ」について教えてくれる。これは宗教に馴染みの少ない日本人にこそ読んでほしい。

完全教祖マニュアル (ちくま新書)

完全教祖マニュアル (ちくま新書)

LGBTを読みとく

「褒めている、持ち上げている」のだからかまわないわけではない、と考えることが重要です。 差別をしないためには知識が、もっと踏み込んで言うならば、学問が必要なのです。 学問には「肯定的に評価していれば事実誤認でもかまわない」という基準はありません。

LGBTという言葉がバズワード化しているが、実のところ完全に理解しているといえる人間はどれほどいるだろうか。

恥ずかしながら自分は全くの無知であったのでLGBTの略語が何の略なのかすら知らなかった。

正確には知らなかったというよりも興味がなかったので知ろうとしていなかったのだ。

ところが興味のないものでもとりあえず読んでみるというルールで読書をはじめたので、一番関心のなかったであろうこのジャンルの本を手に取った。

結果として「差別をしないためには知識が、もっと踏み込んで言うならば、学問が必要なのです。」との記述に、深く反省させられることとなる。

「自分は寛容な人間なのでLGBT?とかいうやつにも寛容だぜ、理解してるぜ」とか「何でも受け入れるよ僕は」みたいな、知ったかぶりな態度の人は意外と多いんじゃないかなと思う。

良心的であることや寛容であることに満足して、その先のもっと詳しい部分を知ろうとしない態度。

これこそがマジョリティ的な態度であり、本当の意味での理解を阻害してしまっている。

本書ではLGBTというジャンルの学びを通して、知らぬ間にマジョリティ様になってしまっている価値観を正すための姿勢を教えてくれる本だ。

蜂と蟻に刺されてみた

ブレットアント(和名: サシハリアリ) 目がくらむほどの強烈な痛み。かかとに三寸釘が刺さったまま、燃え盛る炭の上を歩いているような。

子供の頃、花壇においてあったバケツを被ったところ強烈な痛みに襲われて泣きわめいた思い出がある。

あれは僕が蜂に刺された最初で最後の経験だ。

軒先に巣を作っていたアシナガバチが偶然そのバケツの中にいたようで、幼少期の僕はみごとに彼の針のお世話になったのであった。

ジャスティン・O・シュミット氏は蜂に刺された時の痛みレベルを「シュミット指数」として数値化した昆虫学者で、のちに2015年にイグノーベル賞にも輝いている。

彼は痛みレベルを測る際、自分で実際に刺されてみるという実験方法を取っている(学問的にその計測方法はどうなのかといえなくもないが)。

バケツを被って蜂に刺された経験のある僕にとってはどうかんがえても狂ってるとしか思えない。

人生ですでに刺された昆虫の数は1000種類を超えているというからもう免疫的には人間を超えた何かになっているに違いない。

本書はそんな狂人で超人な彼が今まで刺されてきた様々な蜂や蟻との格闘についてまとめた武勇伝である。

最後の付録に載っている「毒針をもつ昆虫に刺されたときの痛さ一覧」は詩的な表現が多く、ここを読むだけでも面白いのでおすすめだ。

蜂と蟻に刺されてみた―「痛さ」からわかった毒針昆虫のヒミツ

蜂と蟻に刺されてみた―「痛さ」からわかった毒針昆虫のヒミツ

失敗の本質―日本軍の組織論的研究

日本軍には悲壮感が強く余裕がなかった。余裕の無さが重大な局面で積極的行動を妨げた。辻政信ガダルカナル戦で米軍海兵がテニスをしているのを見て驚いたという。

この本は組織論的な観点から日本軍の失敗を分析する本。

  • 目的があいまいなまま上層部の主観的な判断と希望的観測によってたてられる戦略。
  • 情緒や空気が支配する傾向。経験則に基づく場当たり的な考え方。
  • 作戦不成功の場合を考えるのは必勝の信念と矛盾する=作戦失敗時の案を全く考えない。
  • 微妙な表現や顔色を察するなど重要な判断時にも情緒性を尊重する、根回しと腹のすり合わせによる意思決定。
  • 目標達成よりも組織メンバーの間柄の配慮。
  • 自由闊達な議論が許容されず情報が個人や少数ネットワークにとどまり全体に広がらなかった
  • 学歴に基づく年功序列

ここに挙げたのは日本軍が大敗を帰すこととなった要因の一部である。

あなたの属する組織でもどこか見覚えのある項目がないだろうか。

悪い意味で日本的と言われる悪習の多くがすでに第二次世界大戦当時から存在していたというその事実。

今でもある程度の大きさの組織には存在しているであろうその習慣や考え方が、その戦争当時のソレから変わっていないというところを明らかにしたことが本書の最も衝撃的な点だ。

良くない習慣に浸り慣れてしまっては二の舞だ。失敗する組織構造の要素を知ることで日頃の会社生活の中で蔓延しがちな「良くない習慣」を明確に認識できるようになっておきたい。

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

西洋美術史入門

絵に込められたメッセージを読み取って初めて、私たちはその絵が描かれた当時の人々の考え方を理解することができます。つまり美術史とは美術作品を介して「人間を知る」ことを目的としている

中学時代、美術の授業はずっと4とか5の成績を得ていた。

理由は「美的センスに優れていた」、わけではなくて美術の先生ととても仲が良かったからだ。

おそらく先生の贔屓目がなければ成績はずっと低かっただろう。

絵を書くにしても何が評価される絵なのか全くわからなかったから、何となくうまそうな人の絵を真似るばかりだった。

鑑賞の時間でもダヴィンチやピカソの絵を見せられてもなぜこの絵画が同様に評価されてるのかよくわからなかった。

ただ「ダヴィンチもピカソもすごい人」という一括りのカテゴリにぶち込まれて彼らの絵であれば脊髄反射で「これはこれは素晴らしい絵ですねぇ」などと言うことしかできない。

そんな美術感しか持ってなかった自分が今は仕事で「アート」とか「芸術」といったジャンルで活動している人たちと関わることがちょくちょくある。

でも美術に対する認識は昔から変わっていなくてずっと「わかる人にしかわからないもの」、だった。

ところがだ、本書を読んでその考えがガラッと変わった。

この本では西洋美術の歴史と絵の「読み方」を教えてくれる。

まず美術品には必ずそれが作られた理由がある。

字が読めない人たちに聖書に登場する神の存在を感じてもらうために「宗教画」が「教会の依頼」によって描かれるとか、一般家庭でも購入できるくらいの生活水準になったので部屋でも飾れるように「小さく」て題材もギラギラした宗教画ではなくもっと気楽な「風景画」が描かれるようになったとか。

絵画単体をただ見たまま感じようとしても何の文脈も理解できていなければ評価のしようがない(特に近代以降の美術は)。

中学時代の僕はただ凄いと言われている人たちの絵を目の当たりにしているだけでそういった文脈を理解できていなかったのだ。

本書はこうした美術的素養がゼロの人間が美術品を目の当たりにした時に、

  • 歴史的な意味というマクロな側面
  • 素材や様式、絵の細部に描かれているオブジェクトが何を表現するのかというミクロな側面

の両側面からいかに美術品を「読む」のかという方法を解説する。

この本に加えて「ビジュアル図解 聖書と名画 [世界史徹底マスター]」あたりを読んで旧約聖書新約聖書についての素養を頭にいれておけば美術館に行った時の面白さが全く違うものになると思う。

理解できなかったものが(すこしでも)理解できるようになる瞬間はいくつになっても格別だ。

西洋美術史入門 (ちくまプリマー新書)

西洋美術史入門 (ちくまプリマー新書)

その他

完全におまけが本編になってしまった...。

これ以上書き続けると1万字をゆうに超えて行きそうなので一言ずつ付け加えながらもう少しピックアップするに留めておく。

精神疾患

精神疾患の歴史と分類(ICD10やDSM5)、基本的な精神疾患の諸症状と処方される薬などについて知識がコンパクトに解説されている。発達障害を含む精神疾患の基礎知識は現代社会の基礎教養だ。

精神疾患 (角川ソフィア文庫)

精神疾患 (角川ソフィア文庫)

裁く技術 無罪判決から死刑まで

なぜこんなにも残虐無比な殺人事件を起こしているのに死刑じゃないのか、なぜこんなにも同情し得る事件なのに死刑判決を受けたのであろうか、その差はどこに?そんな疑問に一応の根拠を示してくれる本。

仏教思想のゼロポイント 「悟り」とは何か

いわゆるブッタの仏教についての本。縁・輪廻・業・解脱・涅槃などの仕組みがわかるようになる。他の宗教と比べた時の仏教の異質性を理解できるようになると思う。

仏教思想のゼロポイント: 「悟り」とは何か

仏教思想のゼロポイント: 「悟り」とは何か

INSPIRED 顧客の心を捉える製品の作り方

プロダクトマネージャー とはかくあるべきという全てが書いてある気がする。仕事に関する本ではあるけどすごく良かったので書いておく。

詳しくは「「Inspired: 顧客の心を捉える製品の作り方」を読んだ - razokulover publog」で書いたのでそっちを読んでもらえればと。

Inspired: 顧客の心を捉える製品の創り方

Inspired: 顧客の心を捉える製品の創り方

つながる脳科学

感情とは何か?記憶とは?といった哲学の問いでよくありそうな命題に脳科学の見地からアプローチするとどうなるのだろうか。それを各分野で最先端の学者の方々が易しく一般向けに書いてくれた一冊。ディープラーニングに触れている章もあって興味惹かれるトピックが多かった。

最後に

先にも書いたが読書をすることがイコールお金につながるわけではないし、ましてや読んだ冊数で偉さが決まるわけでもない。

それでもたくさん本を読むことで得られるものはあるし、それは何も読まなかった時と比べて(個人的な体感だが)確実に充実していると思う。

いつのまにか退屈な日常が続いてしまっていると感じる人は自分の無知を疑った方が良い。

身の回りにはすでに面白いものが溢れている。

それに気がつくことができないのは自分の無知が原因だ。

まずは今まで避けていた分野の本を手にとってみる。そして1章でも2章でも読んでみる。

まずはそのくらいからはじめてみれば続くと思うし、もしかしたら面白いと思うものを見つけられるかもしれない。

食わず嫌いせずとりあえずやってみるの精神でやっていきましょう(自戒も込めて)。

おわり。

読書ツイートとかしたりしてるので気になったらフォローしてみてください→ @razokulover